ふねんごさか

僕が住んでいる地域の近くに

「フネンゴ」の坂というのがあります。

子供のころ悪戯などをすると

大人たちが「そがなことばかりしとると、フネンゴから迎えがくるで」

などと言われ

それを聞いた僕は、フネンゴ坂の暗い、道の両側が切り立った山肌、ジメジメして苔が密生して

その向こうに分岐した道が山のほうへ続いている風景が浮かんできました。

山の上、道の行き止まりには火葬場があるのです。

フネンゴにはそんな思い出があります。

それ以来フネンゴ坂は父や母をアチラ側に見送った時以外は記憶から遠ざかっていました。

数ヶ月前のこと

友人との会話の中で

昔々、日本海でも大津波があり、波が朝山の本谷付近まで遡上したと代々言い伝えられている

ことを聞きました。

さらに別のフネンゴの近くに住む友人が言うには、昔々大津波が押し寄せて舟が坂を越えそうになったか、越えたのかしたので

あの坂の名前が、「舟越えの坂」と呼ばれるようになったとのこと。

「舟越えの坂」→「フネンゴノサカ」

さらに驚いたことには

海に近い場所にある小さな橋の名前が「鯨橋」というそうで

名前の由来は、やはり大津波のときに鯨が流れてきて、ここらあたりで

ひっかかったとのことです。

そこで本格的に調べてみると、五十猛町には海から離れた場所に「小鯛ヶ迫」なる地名がありました。

津波で運ばれてきた小鯛が取り残されていたのが由来だそうです。

また、五十猛から山側へ数キロ行った「大屋」でも津波が押し寄せたそうです。

この津波は1026年万寿 3 年、益田沖とみられる地震によってもたらされたようです。

益田では島が沈むなど大変な被害がでたようです。

津波の規模は10m-20mといわれています。

クワバラクワバラ


畑 和宏氏が詳しくまとめられているので、興味のある方は一読してみてください。














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島根半島西部から石見東部地域までの沿岸部と隠岐を中心に釣道の修行中です。

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